東京高等裁判所 平成4年(行ケ)7号 判決 1993年4月20日
米国
06817コネティカット州ダンバリー、オールド・リッジバリー・ロード
原告
ユニオン・カーバイド・コーポレーション
同代表者
ティモシ・エヌ・ビショップ
同訴訟代理人弁理士
倉内基弘
同
風間弘志
同
川北喜十郎
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
麻生渡
同指定代理人
西川和子
同
山川サツキ
同
中村友之
同
長澤正夫
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告のための附加期間を90日と定める。
事実
第1 当事者双方の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が昭和63年審判第14769号事件について平成3年9月5日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、1982年5月13日の米国特許出願第377788号の優先権を主張して、昭和58年5月12日、名称を「管の現場清掃方法」とする発明(以下「本願発明」という。)について、特許出願(昭和58年特許願第81857号)したところ、昭和63年4月4日拒絶査定を受けたので、同年8月16日査定不服の審判を請求し、昭和63年審判第14769号事件として審理された結果、平成3年9月5日「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年10月9日原告代理人に送達された。なお、原告のため、出訴期間として90日が附加された。
2 本願発明の要旨
流体、固形粒子又はそれらの混合物を搬送ないし処理するための管の内壁面を現場で清掃するための清掃方法において、
(a)球形対称をもたない、規則的な、ランダムでない清掃用粒子を1,524m/分(5,000ft/分)から推進用ガスの音速までの範囲の出口速度に相当する流速の推進用ガス流に連行させて被清掃管内へ導入し、
(b)前記管の清掃を達成するのに十分な時間該管への前記清掃用粒子連行推進ガス流の流れを維持し、該管の内壁面に対する清掃用粒子の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での該清掃用粒子の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられ、それによって望ましい清掃作用と望ましくない研磨作用との有利な差引効果が得られ、管の内壁面に対する全体的な清掃作用が高められるようにしたことを特徴とする清掃方法
3 審決の理由の要点
本願発明の要旨は、前項記載のとおりである。
これに対し、昭和55年特許出願公開第18344号公報(以下「引用例1」という。)には、 「化学工場等で使用される熱交換器等の管の内壁に付着したスケール等の付着物を除去する管内壁面の研掃工法であって、被研掃管内に研掃材混合気流を導入し、管内壁に付着した物質を研掃する研掃工法」が記載されている。また、その具体例の記載において、研掃材混合気流の管内での流動に関し、「噴出ガン(10)の噴出ノズル(12)が高速で噴出する圧気と、これに混合して噴出する研掃材は管内を高速で乱流状態のもと入口から出口に向って流動し、この状態が連続的に行なわれるので、管壁に研掃材が全面にわたってくまなく衝突し、この際研掃流は直進せず螺旋状になって流動する傾向を示し、管全長を通過する間に研掃作用して摩擦抵抗によって次第に減圧されて回収具本体(21)内に流出する。」(公報3頁左上欄9行ないし17行)と記載されており、また、採用される研掃材に関し、「銅鉱砕粒、酸化アルミニウム粒、鉄粉粒等を任意選択使用する」(公報3頁右下欄3行ないし5行)と記載されている。
本願発明と引用例1に記載された発明とを対比する。
引用例1記載の「研掃工法」も、管の内壁面の付着物を除去するための方法であるから「清掃方法」である点で両者に差異はない。そして、引用例1記載の「研掃材」は清掃用の粒子とみることができるから、本願発明の「清掃粒子」に相当するものと認められる。また、引用例1の研掃材混合気流の管内での流動に関する前記記載には、研掃材が乱流状態の気流によって管壁に衝突する旨記載されているから、引用例1記載の方法においても、管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられるものとみることができる。さらにまた、引用例1記載の方法において、研掃材混合気流の流れを管の清掃を達成するに十分な時間、維持することは当然のことであり、清掃作用に関しても、引用例1記載の研掃工法は、管の内壁の付着物を除去することが目的で研磨することにあるのでないことは明らかであるから、「望ましい清掃作用と望ましくない研磨作用との有利な差引効果」を得ることを期待したものであるということができる。
してみると、本願発明と引用例1記載のものとは、次の点で相違しているものと認められる。
<1>清掃用粒子が、本願発明では球形対称をもたなく、ランダムでないものであるのに対し、引用例1記載のものは、その具体例において、銅鉱砕粒、酸化アルミニウム粒、鉄粉等を任意選択する旨の記載があるのみで、粒子自体の形状について特定されていない点。
<2>清掃粒子を連行する推進用ガスの出口速度を、本願発明では、1,524m/分(5,000ft/分)から音速までの範囲としているのに対し、引用例1記載のものにおいては速度について言及されていない点。
上記相違点について検討する。
<1>球形対称をもたない、ランダムでない清掃粒子は周知であり(例えば、昭和36年実用新案登録出願公告第22095号公報(以下「引用例2」という。)、昭和52年実用新案登録出願公開第100839号公報(以下「引用例3」という。)参照。)その採用に困難性は認められない。従来の管の清掃において、清掃粒子を使用する場合、球形対称をもつ粒子以外はその採用が困難であったとする特段の事情も見当たらず、この点は、清掃粒子として周知の形態のものを選択採用したにすぎないものであって、当業者が格別の困難性を伴うことなくなし得ることといわざるをえない。
<2>管の内壁面の清掃方法において、清掃粒子を管内に導入するための推進ガスの速度を1,524m/分(5,000ft/分)から音速の範囲とすることは本願明細書に本願発明の公知の先行技術として記載されていることからみても、推進ガスの流速を本願発明の範囲に設定する点に格別の発明力を要したものとみることはできない。
原告は、本願発明の方法により予測し得ない効果が得られる旨主張するが、本願明細書には本願発明の方法により格別の清掃効果が得られることを認めさせるに十分なデータが示されているものでもなく、上記相違点に係る構成が予測し得ないものとみることはできない。
以上のとおりであるから、本願発明、引用例1に記載されたものに基づいて当業者が容易に発明することができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
4 審決を取り消すべき事由
引用例1に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明との一致点(ただし、引用例1記載の方法においても管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられるものとみることができるとする部分を除く。)及び相違点が審決認定のとおりであることは認めるが、審決は、引用例1記載の発明と周知例である引用例2及び8記載のものとの技術内容の差異を看過し、また本願発明の顕著な作用効果を看過した結果、相違点の判断を誤ったもので、違法であり、取り消されるべきである。
(1) 取消事由1
審決は、相違点<1>について、引用例1記載の発明において周知例である引用例2及び3記載の清掃粒子を採用するのに困難性は認められない、と判断した。
しかし、引用例1記載の発明は、被研掃管内に研掃材混合気流を導入し、管内壁に付着した物質を研掃する研掃工法であり、本願発明の前提をなす管の付着物の清掃方法に関する技術である。これに対して、引用例2及び3記載の技術は、管内壁の付着物を清掃するための方法とは無関係の加工等に関する技術であり、引用例2及び3に記載された研磨材又は研掃材は本願発明の清掃粒子ではなく、引用例2及び3に記載された方法は、いずれも管の清掃方法ではない。したがって、引用例1記載の発明と引用例2及び3記載のものとは技術分野を異にするから、引用例1記載の発明に引用例2及び3の清掃粒子を適用することは当業者であっても困難というべきであり、審決の判断は誤っている。
この点について、被告は、引用例2及び3記載のものは引用例1記載の発明と共通する技術分野に属する清掃用粒子を記載している、と主張する。
なるほど引用例2記載の「ピーニング」、「ブラスティング」は、表面清掃の目的に使用されるし、引用例3記載の「表面研掃」、「ショットブラスティング」、「ピーニング」も、スケール取りその他の表面清掃の目的に使用される。けれども、引用例2及び3記載の技術においては研掃材又は研磨材は被加工物に対して直接作用せしめられるのであり、これらの技術は、あくまでも局在した被加工物の表面を処理し又は清掃するものであり、清掃用粒子を担体ガスに担持させて長い管の内部にまで連行して管内面の清掃を行う技術ではない。これに対して、引用例1記載の発明は、清掃用粒子を担体ガスとともに長い管の内部まで流動させ、管内面の清掃を行うことによりいわば見えない遠隔部分の清掃を行う技術である。したがって、引用例1記載の技術と引用例2及び3記載の技術とは異なった技術分野に属するから、被告の主張は失当である。
(2) 取消事由2
審決は、引用例1記載の方法においても、「管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられるものとみることができる」との認定を前提に、本願発明の清掃方法により得られる作用効果が予測しえないとみることはできないと判断した。
しかし、引用例1には、研掃材として「銅鉱砕粒、酸化アルミニウム粒、鉄粉粒等を任意選択使用する」(3頁右下欄3ないし5行)と記載されているのみで、球形対称をもたないランダムでない清掃用粒子を使用するものでないから、管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられることはないから、上記審決の前段の認定は誤りである。
そして、本願発明は清掃用粒子が高速で推進される管の清掃方法において球形対称をもたないランダムでない清掃用粒子を使用することによって、深い衝撃角と多い衝撃数を得ることができ、それにより直管部の清掃効果を高めることができ、それにもかかわらず管のベンド部(湾曲部)の浸食は鋼球ほどではないが抑制されるという、格別な作用効果を達成できたものである。
これに対して、引用例1記載の清掃方法では、上記のとおり、球形対称をもたないランダムでない清掃用粒子を使用しないため、こうした粒子による管の内壁面に対する研掃材の空気力学的配向の態様の結果として本願発明のように増大せしめられるという作用効果は得られず、上記の本願発明の作用効果は、引用例1記載の発明からは示唆されない。
この点について、被告は、引用例1の記載を引用して本願発明と引用例1記載の発明との間に作用効果において格別の差異がない、と主張する。
引用例1に被告主張の各記載があることは認める。しかしながら、こうした作用効果は、あくまでも上記のとおり銅鉱砕粒、酸化アルミニウム粒、鉄粉粒等を任意選択使用する結果生ずるものであり、こうしたランダム形状の清掃用粒子や球形対称の清掃用粒子は本願明細書ですでに検討されており、これらの清掃用粒子の作用効果が球形対称をもたない、ランダムでない清掃用粒子を使用した場合に比して劣ることは、本願明細書に明らかにされている。従来技術と対比して、「驚くべきことに、そして予想外に、本発明によるサンドジェット法は、上記鋼粒およびフリントのどちらかを使用した場合の清掃効果より優れた清掃効果を達成し、かつ、望ましい清掃作用と、被清掃管の内壁面の望ましくない浸食作用との極めて有利な差引効果をもたらす」(本願発明に係る昭和58年特許出願公開第205573号公報(以下「本願公報」という。)5頁右上欄1行ないし7行)とあるように、引用例1記載の発明におけるランダム形状の粒子が衝撃角度及び衝撃数の条件を満足しないことが明らかである。
また、従来パイプラインの清掃に使用されるサンドジェット法では不規則なランダムな形状のフリント、グリット等の材料が使用され(本願公報4頁左下欄16行ないし20行)、管のベンド部において管が顕著に浸食された(本願公報4頁右下欄3行ないし5行)が、これは、引用例1記載の技術にほかならない。
したがって、本願発明の作用効果は引用例1記載の発明から示唆されるものではなく、本願発明の作用効果は格別のものであって、審決の判断は誤っている。
第3 請求の原因の認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。
2 同4の審決の取消事由は争う。審決の認定、判断は正当であって、審決に原告主張の違法は存在しない。
(1) 取消事由1について
引用例2には、金属研磨材に関し、球形対称をもたない規則的なランダムでない粒子がピーニング、ブラスティングに用いても優れた効果を発揮する旨(1頁右欄13ないし18行)記載されている。ここでいう「ピーニング」とは、ショット(鋼粒)を噴射する場合、表面加工硬化法の一種であると同時に表面清掃の目的にも応用されるものであり(乙第1号証の3)、「ブラスティング」とは、加工面に研磨材等を空気の力で吹き付け、金属面を清浄化して仕上げる方法であり(乙第1号証の4)、その吹き付けるものの種類によって、例えばグリット・ブラストは多角状砕粒を用いてスケール等を除去清浄化する方法(乙第1号証の2)、ショット・ブラストはショットを用いて鋳物の砂落としとともに肌を美しくする方法(乙第1号証の3)等がある。さらに、粒子を加速して噴射するのがブラスト加工であり、各種材料の表層や孔の内面仕上げにも使用され、加工面にスケール、油膜等が付着するとき、それらの表層物を取り除き清浄作用を行う旨記載するもの(乙第2号証の2)もある。これらの当業者に周知の技術常識によって理解すれば、周知例である引用例2には、球形対称をもたない規則的なランダムでない粒子を用いてピーニング、ブラスティングを行うこと、つまり具体的には金属面からスケール等の汚れを除去することが記載されているというべきである。
また、引用例3は、研掃材に関するものであり、球形対称をもたない規則的なランダムでない粒子が金属の表面研掃及びショットピーニングに用いられる旨記載されている(明細書1頁9行ないし10行)から、周知例である引用例3にも粒子を用いて金属表面からスケール等の汚れを除去することが記載されている。
そうすると、金属表面の加工において研磨又は研掃と清掃との間に明確な区別がされているとはいえず、したがって、周知例である引用例2及び3には、球形対称をもたない規則的なランダムでない粒子を通常の管の材料である金属面から管の通常の汚れの一種であるスケールを除去し清掃する方法に用いうることが実質的に記載されているといいうるから、原告の主張は失当である。
(2) 取消事由2について
引用例1記載の方法においても衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられるものとみることができるとした審決の認定には誤りがない。
なぜならば、引用例1には、「この際研掃流は直進せず螺旋状になって流動する傾向を示し」(3頁左上欄14行ないし15行)と記載されているが、研掃流が螺旋状になるということは、粒子がある規則にしたがって同じ方向に動くことであるから、研掃材粒子は推進用ガス流内で空気力学的配向をしているというべきである。そして、螺旋状に流動すればより管壁に沿って粒子が流れると考えられるから、管壁への衝撃角度も深くなるとみることができる。また、「衝撃数」とは、管内への推進ガスの噴射において管の形状、推進ガス速度、噴射角度、清掃用粒子の量等必要とされる条件を一定とした際に一定時間内に管内の一定面積当たりに衝突する粒子の数と考えられるから、「多い衝撃数」とは、一個の粒子が一様に何度も衝突することを意味する。さらに、引用例1の管への衝突に関する箇所をみると、「この状態が連続的に行なわれるので、管壁に研掃材が全面にわたってくまなく衝突し」(3頁左上欄12行ないし14行)、「斯くすることにより研掃された管内面は付着物がすべて研掃され、美麗な表面になる。」(3頁左下欄9行ないし10行)と記載されており、研掃材が「全面」に「くまなく」衝突し、「付着物がすべて研掃され」ている以上、引用例1においても、「多い衝撃数」を得ているというべきだからである。
そして、引用例1にも、「細くて長い管内周面の付着物を確実に除去」できる旨(2頁左上欄5行ないし6行)、具体的には「熱交換機等管群を有する機器の直管部を清浄」し(2頁左上欄9行ないし10行)、「斯くすることにより研掃された管内面は付着物がすべて研掃され、美麗な表面になり」(3頁左下欄9行ないし10行)、その際に「比較的中程度の硬度の研掃材を使用」(3頁左下欄15行ないし16行)するのがよいと記載されており、引用例1記載の発明も格別の作用効果を奏するものである。
したがって、本願発明の作用効果と引用例1記載の発明の作用効果との間に格別の差異を見出すことはできず、本願発明の作用効果に関する審決の判断に誤りはなく、原告の主張は失当である。
第4 証拠関係
本件記録中の証拠目録の記載を引用する(後記理由中において引用する書証は、いずれも成立に争いがない。)。
理由
1 請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)及び同3(審決の理由の要点)の各事実は、当事者間に争いがない。
2 甲第2、第3号証によれば、本願明細書には、本願発明の技術的課題(目的)、構成及び作用効果について、次のとおり記載されていることが認められる。
(1) 本願発明は、管の内壁面を清掃することに関し、特に内壁面に除去しにくい付着物が付着している管を清掃する改良された方法に関する(本願公報右上欄3頁2行ないし4行)。
いわゆるサンドジェット法は、パイプラインの現場での清掃及び乾燥並びに炉管のコークス除去及び清掃を行うために開発されたものである。このサンドジェット法による場合、清掃用粒子を推進流体によって連行させ、所望の清掃作用を達成するのに十分な速度で被清掃管内へ導入する。パイプラインに適用する場合は、清掃用粒子は、フリントボールなどの研磨性材料から成るものであるが、その他の用例においては、鋼粒子(スチールショット)などのかどのない、非研磨性の耐衝撃性粒子が清掃用媒体として使用される(同3頁右上欄5行ないし16行)。鋼粒はコークス付着層に対して極めて効果的な衝撃清掃作用を有することが判明しているが、ある種の高熱炉の場合、鋼粒を清掃用媒体として用いるサンドジェット法に通常望まれる程度にまで除去することができない除去しにくいコークス付着層が生じる。そのようなコークス付着層は、フリント粒子のようなかどのある研磨性の清掃用媒体によっても除去されないことが判明している。しかも、フリント粒子のような清掃用媒体は、それによって炉管の直線状部分から「除去しにくい」コークス付着層が満足に除去されない場合でも、炉管のベンドに著しい浸食を起こすことが判明している。鋼粒のようなかど無し粒子は、その性質上非研磨性ではあるが、「除去しにくい」付着物が炉管の直線部分から満足に除去されていないような場合でも、かど無し粒子を用いたサンドジェット法によって処理された炉管のベンド部分に僅かな浸食を起こす。そのようなベンド部分の浸食の問題は、戻りベンドを溶接されている炉管においては特に重大である(同3頁左下欄10行ないし右下欄9行)。清掃作用の効率は、サンドジェット法であれ、その他の清掃法であれ、その清掃法の性能を測る重要な尺度であることはいうまでもないが、得られる清掃作用と、その清掃操作の結果として生まれる望ましくない浸食との差引効果も、その清掃操作の成否を判定する上で清掃作用自体の効率と同等あるいはそれ以上の重要な要素である。したがって、特定の用例における浸食作用を許容限度内に抑制し、清掃用媒体の清掃作用を改善することが望ましい場合もある。しかしながら、また、所望の清掃作用と望ましくない浸食との有利な差引効果が得られるように、特に「除去しにくい」付着物に関してサンジェット法を改良することが望ましい場合もある(同3頁右下欄15行ないし4頁左上欄9行)。
したがって、本願発明は、管の内壁面の現場清掃のための改良されたサンドジェット法を提供すること、「除去しにくい」付着物を包含した管の現場清掃法を提供すること、清掃すべき管を通して、その内壁面の付着物に対する清掃作用を高めるような態様で粒子を推進させる方法を提供すること、特定の用例において望ましい清掃作用と望ましくない浸食又は磨剥(擦過)との有利な差引効果が得られるような態様で、被清掃管を通して清掃用粒子を推進させるための方法を提供すること(同4頁左上欄16行ないし右上欄9行)を技術的課題(目的)とするものである。
(2) 本願発明は、前記技術的課題を解決するために本願発明の要旨記載の構成(昭和62年12月28日付手続補正書2枚目4行ないし20行)を採用した。
(3) 本願発明は、前記構成により、サンドジェット法の清掃作用が驚くほどに、そして予想外に高められ、望ましい清掃作用と望ましくない浸食または擦過作用との有利な差引効果が得られ、管の清掃操作の全体的な効果を高め(本願公報4頁左下欄9行ないし12行)、驚くべきことに、炉管又はその他の被清掃管の内壁面に対する清掃用粒子の衝撃数を増大させるとともに、それらの内壁面に対する清掃用粒子の衝撃角度をより鋭くすることを可能にし、それによってサンドジェット法の清掃作用を向上させ、さらにまた驚くべきことに、ベンド部分の浸食を抑制し、所与の清掃用例の要件に適する望ましい清掃作用と望ましくない浸食作用との有利な差引効果を達成することを可能にして(5頁右下欄7行ないし15行)、サンドジェット法に極めて望ましい融通性を与え、特に「除去しにくい」付着物の除去という点でその応用範囲を拡張し、導管を清掃するためその利点の認識が当該分野において高まって来たサンドジェット法の利点を増大させる(本願公報10頁右下欄13行ないし20行)という作用効果を奏するものである。
3 引用例1に審決認定の技術内容が記載されていること、本願発明と引用例1記載の発明との一致点及び相違点が審決認定のとおりである(ただし、一致点につき、引用例1記載の方法においても管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の態様の結果として増大せしめられるものとみることができるとする部分を除く。)ことは、当事者間に争いがない。
4 取消事由1について
(1) 甲第2号証によれば、本願公報には、本願発明を実施するための「作動条件は、……米国特許第4,297,147号に記載されているのと大体において同じである。即ち、清掃用粒子は、約1524m/分(約5,000ft/分)から推進ガスの音速までの出口ガス速度に相当するガス流速で被清掃炉管または他の被清掃導管を通して通流せしめられる推進用ガスによって連行させる。この推進用ガスは通常、窒素であり、……その他のガスも……使用することができる。場合によっては、空気が推進用ガスとして使用される。……ガス流によって連行される清掃用粒子は、通常、推進用ガス1kg当り約0.1~10.0kg、好ましくは0.1~1.0kgの粒子濃度で送給する。従来実施されているサンドジェット法におけるように、全体の清掃作業中一定の時間間隔で休止時間を設け、その間管から遊離異物を除去するように清掃用粒子を供給せずに推進用ガスだけを引続き通流させる。この休止時間の後、再び推進用ガスに清掃用媒体を連行させる。被清掃管へのこの粒子連行した推進用ガス流の流れは導管の清掃を達成するのに十分な時間維持される。供給ポット内の所定量の粒子がなくなるまでガス流の流れを維持することは、経験に基いた慣用の操作であり、その後、供給ポットに粒子を補充する間に遊離異物を除去する。」(9頁左上欄5行ないし左下欄3行)との記載があることが認められる。
甲第2号証と上記及び前記2における認定事実によれば、本願発明は、パイプライン、炉管等の内壁面を現場で清掃するための清掃方法に関し、この種の清掃方法として開発された従来のサンドジェット法では、清掃用粒子として形状が不規則でランダムなフリント等又は球形のスチールショットを用いていたが、これらの粒子は推進用ガス流内で空気力学的に一定の向きに配向されず、その結果、被清掃管の側壁に衝突する回数が少なく、衝撃角度も浅いために満足な清掃作用等が得られていないとの認識のもとに、このような従来のサンドジェット法を改良することを技術的課題とし、清掃用粒子として、球形対称をもたない、規則的な、ランダムでない粒子を用い、前記本願発明の要旨記載の構成を採用することにより、清掃性能の向上及び望ましい清掃作用と望ましくない浸食又は擦過作用との有利な差引効果を奏することを意図したものであること、本願発明の清掃用粒子を連行した推進用ガス流の流速、通流時間等の作動条件は、従来のサンドジェット法と特に異なるところはないと、認められる。
(2) 引用例1が特許出願公開公報であって、引用例1に審決認定の技術内容が記載されていることは、前記のとおり当事者間に争いがなく、甲第1号証、第5、第6号証によれば、引用例2は実用新案出願公告公報であり、引用例3は実用新案出願公開公報であるが、引用例2には、タンブリング、ピーニング、ブラスティング等の金属表面加工において用いられ、プレス等のかえり取り、メッキの下地加工、鋳物のスケール取り等を行うのに使用される金属研磨材として、球形又はこれに近い塊状を半壊したもの、円筒形をしたもの、長い三角錐形をしたもの等、球形対称をもたず、かつ形状を一定にしたものが記載されていること、引用例3には、円筒形状及びエッジ部分を概略球形状にした円筒形状のカットワイヤ研掃材、すなわち球形対称をもたずかつ形状を一定にした研掃材が図面とともに記載されていることが認められ、これら引用例2及び8に記載されたものが本件優先権主張日当時当業者に周知であることは原告において明らかに争わないところである。
(3) 乙第1号証の1ないし5(金属術語辞典編集委員会編「アグネ金属術語辞典」株式会社アグネ昭和51年4月5日発行)、第2号証の1ないし3(金属表面技術協会編「金属表面技術便覧」日刊工業新聞社昭和30年7月20日発行)によれば、前記(2)のとおり引用例2に研磨材を用いる金属加工の例として記載されているピーニング、ブラスティングは、各種の表面清掃にも応用されていることが認められるのに対し、本件全証拠によっても、金属加工の分野において、研磨、研掃、清掃の各作業の間に明確な区別がされているとは、認められない。
前記(2)において認定したところに上記の点を併せて考えると、引用例2記載の研磨材を清掃用粒子として理解することは、当業者にとって容易なことであったというべきであり、引用例3記載の研掃材について判断するまでもなく、引用例2には、球形対称をもたず、かつ形状を一定にした清掃用粒子が開示されているということができる。
したがって、球形対称をもたない、ランダムでない清掃粒子が周知であるとした審決の判断に誤りはないといわなければならない。
そして、乙第1号証の1ないし5、第2号証の1ないし3によれば、引用例2に記載されたピーニングやブラスティングによる清掃も、通常、清掃用粒子を噴射空気等とともに金属面等に吹き付け、表面に付着しているスケール等を除去清浄化するものであることが明らかであるから、引用例1記載のものにおける清掃とこの点において共通し、両者は清掃技術として基本的に変るところはないということができる。しかも、本件全証拠によっても、引用例2に記載された上記の清掃が局在した被加工物の表層又は孔の内面の清掃に限られるものと認めることはできないし、引用例1記載の発明において清掃用粒子を担体ガスとともに長い管の内部まで流動させ、管の内面の清掃を行う(原告はこの点を引用例1記載の発明が他のものと異なる特徴であると主張する。)といっても、引用例1記載の発明では清掃対象ないしは清掃形態が特定していることが示されているに留まり、そのことによって引用例2記載の技術と技術分野が異なるという結論は導かれないというべきである。したがって、引用例1記載の発明と引用例2記載のものとは、同一の技術分野に属するといって何ら妨げない。
ところで、甲第5、第6号証、乙第1号証の1ないし5、第2号証の1ないし3によれば、引用例2に記載された球形対称をもたず、かつ形状を一定にした研磨材(清掃用粒子)は、他の研磨材等と同様に粒子を噴射空気等とともに金属面等に吹き付ける清掃方法にも用いられると認められ、しかも、本件全証拠によっても、引用例2記載の清掃用粒子を長い管の内面を現場清掃する粒子として採用することを妨げる特段の事情があると認めるには足りないから、引用例2に記載された球形対称をもたず、かつ形状を一定にした研磨材(清掃用粒子)を引用例1記載の発明における清掃方法の清掃用粒子として用いることは、周知の清掃用粒子の中からの任意な選択として、当業者が必要に応じて適宜なしうることであるといわなければならない。
そうすると、相違点<1>について清掃粒子として周知の形態のものを選択採用したにすぎず当業者が格別の困難性を伴うことなくなしえたとした審決の判断は、正当であり、この点に関する原告の主張は失当である。
5 取消事由2について
(1) 前記当事者間に争いがない引用例1の記載内容によれば、引用例1記載の発明における清掃方法では、圧気と研掃材とは、管内を高速で乱流状態のもとに流動し、研掃材は圧気流に乗って螺旋状に流動することが明らかであり、研掃材は圧気流内でその流れに作用された挙動を示し、そのこともあいまって単に直進するものに比して管の内壁面に対する衝撃数も増加し、衝撃角度も深くなるものであると判断される。
したがって、引用例1記載の方法においても管の内壁面に対する研掃材の衝撃数及び衝撃角度が推進用ガス流内での研掃材の空気力学的配向の結果として増大せしめられているといって差し支えなく、この点の審決の判断は正当というべきである。
(2) そして、甲第2、第3号証を精査しても、本願明細書に、本願発明が従来のサンドジェット法において、その清掃用粒子として、球形対称をもたない、規則的な、ランダムでない清掃用粒子を用いたことにより、清掃用粒子の空気力学的配向の態様の結果として、管の内壁面に対する清掃用粒子の衝撃数が増大し、衝撃角度が鋭くなり、それによって、従来のものに比べて格別な清掃効果を奏することを認めるべき具体的記載があると認めるには足りず、他にこの点を認めるべき証拠はない。
そのうえ、本願発明が原告主張に係る作用効果を奏するとしても、前記4(3)において検討したとおり、サンドジェット法において球形対称をもたない、規則的な、ランダムでない清掃用粒子を用いること自体は、周知の清掃用粒子の中からの任意な選択として当業者が必要に応じて適宜なしうることというべきであるから、原告主張の作用効果は引用例1記載の発明において清掃用粒子として上記周知のものを用いることにより当然予測し得る範囲内のものにすぎず、これをもって格別顕著な作用効果ということはできない。
そうすると、このような作用効果を取り上げて本願発明の構成を想到するのに格別の困難性があったということはできないから、審決が本願明細書に本願発明の方法により格別の清掃効果が得られることを認めるのに十分なデータが示されておらず、相違点に係る構成が予測しえないとみることはできないとした判断には誤りはなく、この点に関する原告の主張も理由がないというほかはない。
6 よって、審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却し、訴訟費用の負担及び上告のための附加期間の付与について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条、158条2項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 成田喜達 裁判官 佐藤修市)